「腸内環境×老化」免疫機能低下や耐糖能異常など加齢現象のメカニズム【後編】
2024.02.26
腸内細菌も歳をとる?加齢と腸内細菌叢の関係
加齢によって腸内細菌叢は変わるものの、腸内細菌そのものにおける老化はないと考えられています。では、腸内細菌叢の変化は加齢現象とどのように関わるのでしょうか?
加齢による環境の変化が腸内細菌叢を変える
前述のとおり、高齢者ではインフラメイジングが起こることに加え、筋肉の低下など生理的な変化や合併症も若年者と比べて多くなります。これらの要因が、3歳頃からほぼ変わらず安定し、共生し続けてきた腸内細菌叢の構成に変化をもたらすのです。
さらに、高齢者では咀嚼力の低下や食が細くなって低栄養状態になりやすいほか、認知機能や生活機能の自立といった課題もあって、施設で過ごす人も少なくありません。そうした状況では食の多様性が乏しくなる場合があり、腸内細菌叢の構成に影響を及ぼす可能性も。
これについて研究では、長期で施設に入居する高齢者よりも地域で暮らす高齢者の方が、多様な腸内細菌叢を持つといった報告もあります。
腸内細菌叢が実際の年齢より若いタイプの高齢者もいる!
腸内細菌叢の構成は、見た目や生物学的年齢と必ずしも一致しません。ただ、最近わが国でおこなわれた次世代シーケンサーによる腸内細菌叢の網羅的な解析では、70歳を超えた時点で高齢者に多いタイプの腸内細菌叢の構成になる人が多いと報告されています。
この加齢によって変わる腸内細菌叢の構成について、いちばん初めに描かれたのは次のような模式図です。これは1970年代のもので、まだこれを更新するほどの研究結果は得られていません。
当時おこなわれていた解析方法はPlate-in-bottle法という、酸素を遮断した(嫌気的な環境の)培養法で、ヒトや動物の腸内環境に似た寒天培地を用いて生きた細菌の数を測定する方法でした。しかし、培養できる細菌はほかの培養法に比べれば格段に多いものの、それでも全体の50%程度かそれ以下とも言われ、未だに培養が困難な細菌も存在します。
いま盛んに進められている次世代シーケンサーなど新しい技術を用いた解析方法によって、そう遠くない未来に新しい模式図も発表されるかもしれません。
高齢者で特徴的な腸内細菌叢とメタゲノム解析
高齢者の腸内細菌叢に関する詳しい研究はまだ始まったばかりで、そこまで報告数は多くありません。その一部によると高齢者では、潜在的有益菌(いわゆる善玉菌)のバクテロイデス属(Bacteroides)とビフィドバクテリウム属(Bifidobacterium)は減少し、炎症を引き起こす可能性があるとして研究中のフソバクテリウム門(Fusobacteriota)や、潜在的有害菌(いわゆる悪玉菌)のクロストリジウム属(Clostridia)などが増加するといった報告があります。
このような高齢者の腸内細菌叢に多く見られる変化は、現代のメタゲノム解析※によって短鎖脂肪酸の産生減少や糖を分解する能力の減少、タンパクを分解する能力の増加が特徴として分かるようになってきました。これらの変化は、腸管内の老廃物を増やし、炎症や感染症への感受性を高め、IgA抗体の性質変化をもたらすとも考えられています。
※メタゲノム解析(metagenomic analysis):細菌など微生物の集まりを培養することなく直接、遺伝子を精製し、シーケンサーで網羅的に解析すること。語源の由来は、「超越」を意味するメタ(meta)と「ゲノム」を融合した造語。
腸内環境を若く保つために心がけたい習慣
腸内環境を若く保つためには、筋肉など生理機能の低下が加速しないように気を付けることと、腸内細菌叢を乱すような習慣を控えることが必要です。 例えば、筋肉に対して適度な負荷を与えるような運動や、低栄養にならないような食事内容への配慮、自律神経を整えるようなストレス解消と疲労をためない睡眠の取り方など、日常的に振り返りたい場面がいくつもあります。とくに高齢者では、常に服用する薬が6種類を超える多剤併用が多く、これが腸内細菌叢に与える影響は否定できません※。
また、腸内環境にとって良いと言われるプロバイオティクスやプレバイオティクスを摂取するのもよいでしょう。これらは必ずしもサプリメントなどの形状でとらなくても、発酵食品や乳製品、野菜など身近な食品で取り入れることも出来ます。大切なのは、これらを日常的にバランスよく摂取することです。
そのほか、現在までに研究報告が多い有益な成分の例としては、多機能性タンパク質とも呼ばれるラクトフェリンが挙げられます。これに関する研究論文は6,000件を超え、20種類以上の生理作用があり、なかでも腸管細胞を増殖させる作用は腸内環境にも良いアプローチとなることが期待できるでしょう。
※治療上やむを得ない場合に使用する薬については医師の指示に従い、自分の判断で中断しないようにしてください。
まとめ
「腸内環境と老化」は、腸内細菌叢だけでなく長寿遺伝子や細胞老化など様々な角度や技術によって、その謎が解明されていくでしょう。その結果は、日本を筆頭とする超高齢化社会において、生命寿命と健康寿命のギャップを埋める解決策になるだろうと期待されています。 普段から腸内環境を乱さぬような習慣を心がけ、信頼できる栄養素なども適宜取り入れながら、新しい情報に触れて知識を更新していくことが大切です。