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「腸内環境×老化」免疫機能低下や耐糖能異常など加齢現象のメカニズム【前編】

「腸内環境の老化」ってどういう状態?

「腸内環境の老化」と聞くと、便秘や胃もたれ、摂取カロリーの代謝が低下するといった内容を思い浮かべる人が多いかもしれません。若いときと比べて、歳を重ねてから徐々に頻度が多くなるこうした様々な不調を、おそらく人は「加齢現象」と呼ぶのでしょう。

腸内環境の老化を速める原因

腸内環境の老化を速める原因としてはこれまでに、大きく分けて2種類が知られています。ひとつは、蠕動(ぜんどう)運動など筋肉や神経によって制御されている生理機能の低下。もう1つは、腸管バリアを形成する分子や細胞における機能の低下です。
例えば高齢者で多い便秘には、1つ目に該当するような腸を囲む筋肉や神経の機能が低下するほか、副作用で便秘を生じ得る薬の使用や全体的な食事量の減少など、生活環境要因も大きく影響しています。これに近年、腸内細菌叢の変化も関与している可能性が研究者の間で指摘されるようになってきました。

腸内環境における老化の程度を知る方法

現状では、自分で腸内環境の状態を確認するには普段の便の形状を観察したり、食事と生活とトイレに関する習慣について振り返ったりするような方法が一般に知られています。ただ、これらの方法で腸内細菌叢の構成や腸内環境における老化の程度を正確に測るのは困難です。
ここで、2005年頃に世界で初めて次世代シーケンサー(Next Generation Sequencer、NGS)にと呼ばれる遺伝子解析の技術が登場しました。これがわずか15年ほどで飛躍的な進歩を遂げ、今では“次世代のなかでも次世代”と呼べる、手のひらサイズの小さなポータブル型シーケンサーまで進展しています。さらに現在、スマートフォンで稼働するタイプのシーケンサーまで開発中なのだとか。
将来的には、腸内細菌などが持つ遺伝子情報から、腸内環境やその老化の程度を確認する方法が身近になるのかもしれません。

次世代シーケンサー:糞便などから遺伝子DNAを抽出して、目的とする遺伝子の特定領域を切り出し、PCRで増幅したあと専用の機器でデータ解析することで細菌を特定する技術。
ポータブル型シーケンサー:「MinION®」Oxford Nanopore Technologies社

ここまで分かった!腸から全身に及ぶ老化の関係

老化は腸を含めてほぼ全身で起こり、なかでも骨や筋肉、肌や認知機能などは一般にも広く知られている“加齢現象”です。一方で、糖代謝や脂質代謝の低下については目で見えにくい老化ということもあって、とくに活動量を維持する働き世代の人では気付かない人も多いでしょう。
昨今、こうした全身に及ぶ代謝について腸との関係がひも解かれつつあります。

腸管上皮に発現する長寿遺伝子Sirt1の役割

腸が代謝の制御に重要な役割をもつことは認識されているものの、加齢による変化と全身への影響について、詳しいメカニズムはよく分かっていませんでした。これが近年の研究で、腸と全身に及ぶ代謝との関わりが徐々に解明されつつあります。
その内容は加齢によって数が増える腸管内分泌細胞の種類と、分泌が変化する腸管ホルモンを調べ、さらにそのホルモンが全身で与える影響を明らかにするという研究。ここに関わってくるのが、いま盛んに研究が進められている長寿遺伝子Sirt1です。

Sirt1とは、ヒトを含む高等動物に備わり多くの生理機能を制御する分子のひとつで、腸管上皮にも発現し、加齢に伴って活性が低下することも分かっています。このSirt1が腸管内分泌細胞の分化に関わる転写因子(Neurogenin3)の発現と、腸管内分泌細胞の数量的な変化を介して、腸管ホルモンの量を制御していることが分かってきました。
この腸管ホルモンには、一部では“やせホルモン”と呼ばれて課題も生じているGLP-1(Glucagon-like peptide-1、グルカゴン様ペプチド-1)があります。

Sirt1:
NAD+依存性脱アセチル化酵素。生体内で様々なタンパク質や分子と相互作用し、多くの生理機能を制御する。カロリー制限下で発現が上昇し、動物での寿命延長、細胞老化、アポトーシス、インスリン分泌機能抑制、ストレス抵抗性、脂肪細胞での代謝抑制など様々な領域で盛んに研究が進められている。
転写因子:DNAに結合するタンパク質で、その遺伝情報をRNAに転写する過程を促進または抑制する因子。
GLP-1に関する課題:本来は糖尿病治療薬として承認されているGIP/GLP-1 受容体作動薬(医療用医薬品)が、美容・痩身・ダイエット等を目的として糖尿病治療が目的ではない人に自由診療の範疇で使われ、医薬品供給量や副作用の面で懸念されている。

消化管ホルモンGLP-1の役割と全身への作用

GLP-1とは、膵臓のβ細胞に作用して血糖(グルコース、ブドウ糖)に依存的なインスリンの分泌促進や食欲抑制、胃の運動を抑えて腸管での糖の吸収抑制など、血糖改善作用をもつホルモンです。また、ヒトでの臨床試験で心血管に関する病態変化との関連性も示され、動脈硬化の制御因子としても注目されています。
研究では、Sirt1の機能をわざと失くした動物に高脂肪食を与えても体重は増えず、そればかりかGLP-1の分泌が増えて糖代謝は改善したという報告も。
つまり、腸の老化に関与するSirt1活性を意図的に調節できれば、糖代謝や脂質代謝、動脈硬化といった全身で起こる加齢現象に対して、画期的な一手が見つかる可能性があると期待されているのです。

加齢によって免疫力が低下するメカニズム

高齢になると免疫力が低下する理由には、幾つかの誘因があると考えられています。

加齢で生じる持続的な炎症応答「インフラメイジング」

加齢によって免疫力が低下する原因の1つはインフラメイジング(inflammaging)と呼ばれる、炎症応答の制御機構におけるバランスの乱れです。これは遺伝的要因や環境、生活様式の変化といった要因が複雑に絡み合い、相互作用を起こした結果に起こります。
こうして起こる炎症応答は持続的でその振れ幅は小さく(閾値が低い)、若い人で起こるような一過性の大きな炎症応答とは異なり、自然免疫から獲得免疫への流れがうまく誘導できません。
これが免疫応答の低下につながり、感染症の重症化や「がん」を発症する確率の上昇、各種ワクチンに対する反応性が低下するなど、加齢による免疫老化現象を引き起こすと考えられています。

加齢により腸管粘膜の免疫機構が低下するメカニズム

一方、腸管粘膜における免疫機構は感染防御の第一線でもあり、高齢者を始めとするすべての人にとってこれを効果的に働かせることが重要です。この腸管粘膜の免疫機構で中心的な役割を担うIgA抗体(免疫グロブリンA)は、B細胞から産生されます。
最近、加齢動物を用いた研究で、長期間に渡って腸内細菌により刺激を受けた回腸のB細胞は細胞老化を起こし、IgA抗体の産生量や多様性が低下して、結果的に腸内細菌叢の乱れを引き起こすということが明らかになりました。

また、腸内細菌叢の変化は、腸内の抗原を取り込んで免疫組織へ供給するように働く腸管上皮細胞のひとつであるM細胞の数を減らします。すると免疫機構では抗原が認識できなくなり、それによって腸管免疫応答が低下することに。
そのほか、ヒトにおける研究で高齢者では若年者に比べ、腸管細胞から分泌される抗菌ペプチド「αディフェンシン」の量が少なく、これが高齢者の腸内細菌叢の組成変化に関連するということも分かってきました。

このように腸管粘膜ではIgA抗体における産生量の低下やB細胞の細胞老化(機能低下)、M細胞の減少、抗菌ペプチドなど感染防御に関わる様々な要因が重なり合い、加齢において免疫力が低下しやすくなるという訳です。

B細胞:骨髄(Bone marrow)内の造血幹細胞から派生して分化・成熟することが由来でB細胞(別名、Bリンパ球)と呼ばれ、病原体などの抗原が体内に侵入した際に抗体を産生する。
αディフェンシン:小腸Paneth(パネト)細胞から分泌される病原菌を強く殺菌する因子。